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Jul 7, 2012

初期蘇生

BLSじゃないけど、最小限の蘇生が出来る事って大事だと思うん
です。大人なら、胸骨圧迫。新生児なら、mask bagging。
枝葉末節はどうでもよい。この1つの手技が出来るだけで救われる命・予後があると思うんです。

BLSだってby stander CPRが大事だから、市民講習会とかをやって広めようとしている訳で。
新生児なんて、ほとんどが病院や助産院で生まれるのだから。そこで働く人たちが確実に蘇生できればそれでよいと思うのに。

どうして、その最小限のことが出来ないのだろう。
どうして、その数分間に有効な蘇生をしてくれないのだろう。
どうして?

赤ちゃんにとって、胎内から外に出るというのは、とてもとてもとても大きな変化。対応できなくて、最初苦しくなってしまう子がいるのも当然。

軽度な呼吸補助を含めれば、10人に1人は蘇生が必要になると言われている。
その辺を歩いている人がうっ、って心臓を押さえて倒れてしまい、胸骨圧迫をする頻度より、生まれて来た赤ちゃんが具合が悪くて呼吸補助が必要になる頻度の方が圧倒的に高い。

分かっているのに、なぜ?
もどかしい。あまりにもどかしい。

今年中に、NCPRのインストラクター取ろう。
少しでも有効な初期蘇生を(というよりも、何なら、胸骨圧迫や薬剤投与、挿管は出来なくて良い。mask baggingだけ出来ればいいと思うんです)出来る人を増やしたい。
インストラクターを取れば、少しは口出し出来るから。

赤ちゃんたちを危機にさらしたくない。
大切な人生の一歩目。みんなにちゃんと踏み出してもらいたい。

Jul 5, 2012

冷静

当直中、初めて全くの一人で、具合の悪い赤ちゃんの蘇生をして入院にして処置をしました。最初から最後まで1人で、っていうのは初めて。
在胎35週。頚部に臍帯巻絡が2回あり、Apgar score 4/7。
呼吸ダメ、筋緊張著明低下、全身皮膚蒼白。

でも、不思議と怖くなかった。
前回、呼んだ先輩が来るまでの間に1人で蘇生してた子の方が何倍も怖かった。
状況を過小評価していたわけでも、私の能力を過大評価していたわけでもないと思う。
冷静だった。

悪かったから、酸素濃度を上げるのも躊躇わなかった。
40%まで上げた2分くらいの時点で少しpink upして来てるのが見えた。大丈夫、蘇生はできる。
3-4分の時点で自発呼吸がしっかりしてきた。でも無く元気が無くてずっと呻吟(うなった呼吸)していて。
5分のapgar scoreを取った時点でも、まだ具合はとても良いとは言えない状態だったけど、大丈夫と思えた。
苦しかった様子だけど、初期蘇生は出来てる。

pink upはしてるけど、皮膚蒼白だし呻吟だし筋緊張低下してるし、入院にしよう、と判断。
呼吸を落ち着けて、貧血の有無や苦しかった度合いを含めて血液検査をしよう。
脳低温療法にはならないし、この様子なら、数日で落ち着くはず。
ここまでの数分間、判断と次への行動に迷いはなかった。


赤ちゃんの口元からmaskを外せないような状況だったけど、ご家族への説明も、私はあくまで穏やかに、冷静に出来たと思う。
赤ちゃんの状況の説明。自分で呼吸をしてくれているけど 、まだ苦しくて唸りながら頑張ってるから、赤ちゃんの病棟に入院にして、しっかり呼吸補助などの治療をしてあげたいこと。

私が焦った様子を見せてはいけないと思った。
冷静に穏やかに事を進めなくては、と思った。
目の前にいるご家族が不安に思ってしまうから。

NICUの病棟に連絡をして、入院の準備を急遽お願い。
「今生まれた子がnasalが必要そうなだから、入院の準備をお願いします。」
赤ちゃんから手が離せない状態だから、電話もご家族の目の前。落ち着いているとは言え赤ちゃんを診ながら、でも声は穏やかに。
でも、入院の準備が出来たという連絡を待っている間に、余りに呼吸が悪くて私が手を離せなくて動けないから数分後に再度電話。
「ちょっとmaskから手が離せないから、とりあえずもう連れて行っていいですか?」

蘇生から、入院手続きから処置から、検査、判断まで。
初めて全部1人だった。

翌日、上の先生に確認したけど、やったことは正しかった。
「呼んだ方が良かったですか?」と確認したけど、「別に大丈夫だよ」って言われた。
先輩に言われた。「出来るようになって来てるんだよ。」
私も少しは戦力になれて来てるかな。

先週、先輩を呼んでいる状況下で具合が悪い子の初期蘇生を1人でしたこと。
先週、29-30週の子をアドバイスがない状況下で蘇生させてもらったこと。
先週から今週にかけて、何人かほぼ私だけで検査治療方針たてさせてもらってること。

先週から今週にかけて、この土壇場のギリギリのタイミングで、なんとか一応戦力になるくらいに成長できてきてると思う。
まだまだこれから。先生たちからたくさんたくさん吸収したい。
学び大き、成長の一年にしよう。

Jul 2, 2012

X day

1ヶ月くらい前から。
とにかく不安で不安で仕方がなかった。

不安だったのは、Nに行ってからずっと頼って来た先輩がいなくなること。
そして、いろいろとうまくやっていけるのか、という2つの点。

不安過ぎて、朝も自然と早く起きるようになった。
自立したい、って思って極力自分で判断するように背伸びをして頑張った。
ホント、いっぱいいっぱいだった。
医療面での不安、背景因子の不安。
この1ヶ月で何度泣いたか分からない。

異動となる先輩たちに、「いなくなっちゃうんだから」とか「ラストスパートだ」とか「7月からも頑張って」とか言われる度に、過剰とも言えるくらいに反応してた。
ある時は、「頑張って」って言われた時に、いつもなら「はい!頑張ります♪」って言うところ、言葉に詰まってしまい「もう私に『頑張って』って言わないで!!」って悲鳴をあげるように部屋を出てしまったこともあった。

とにかく不安だった。いっぱいいっぱいで余裕がなかった。
お世話になった先生だから、本当は笑顔で「ありがとうございました」って言いたかった。
でも、実際は1ヶ月間いっぱいいっぱい過ぎて泣きっぱなしだった。
私の状態を知っていた先輩が、「私(たちを)置いていくのが心配だ」と最後まで言っていたくらいの状態だった。


そして、送別会。
いなくなっちゃう先生たち、そして久しぶりに会った大好きな憧れの先生。
元々、話を沢山聞いてもらって、沢山励ましてもらって、沢山慰めてもらっていたけど。
送別会の時も、いろんな言葉をもらった。
みんな心配してくれてる。みんな励ましてくれる。その気持ちが痛いほど嬉しかった。
諸事情あって、私(だけ)素面だったのに。
涙が止まらなかった。笑顔でいたかったのに、涙を堪えることが出来なかった。

大丈夫。明日からも頑張れる。
大丈夫。倒れないしdrop outもしない。
大丈夫。泣いちゃうこともなくはないと思うけど。
大丈夫。周りに頼りながら甘えながら、でも、しっかり自分の患者さんは自分で診きる。
きっと大丈夫。

そう思えた。
自分の患者さんをしっかり診る、ということ。
研修で回っている期間だけ診ればいいや、というスタンスではなくて、きちんと患者さんのことを責任もって診きる、というスタンスで診るということ。
できる、頑張れる、って思えた。

そして、今日。
先輩たちがいない初日。ついに来たX day。
いつも通り、朝1時間半早く出勤して、自分の患者さんの把握、指示出し、そして、採血。
指示、処置をしていた時。看護師さんに言われた。
「先生、今日すっきりした顔してる」

実は、今日は目が腫れてたんだけど。
多分、いろいろと吹っ切れたんだと思う。
不安でいっぱいで仕方が無かった先月までと比べて。
吹っ切れて、「大丈夫」って思うことにすることが出来たんだと思う。

だって、Mo先生、S先生に「大丈夫」って言われて大丈夫じゃなかったことはないんだから。
だから。大丈夫。

Jul 1, 2012

在胎週数

在胎週数によって、赤ちゃんって大きく違う。
特に小さいうちは、1週の違いが、1日の違いが、大きな違いになる。

私が今、当直中に一人で診ていいと言われているのは、仮死とかのリスクがない33週以降。
逆に、29週以下の子たちや1000g以下というような子たちは絶対私一人では無理。

では、その間の子たちはどうなのか。
30週から32週の子たちは、状況によりけり。
少しストレスがかかっていて呼吸状態が安定していることが予測されるような子であれば診れるし、そうでなくてなにかしか具合が悪い事が予測されれば、上を呼ぶ。
初期蘇生に関しては私もある程度出来るので、大丈夫と思ったら一人で立ち会いをしてもよいし、それで蘇生を始めて無理そうであれば、その場で上の先生を呼ぶ。

そんな指標は前から示されてはいたものの。
自分で診れるような気がしていなかったのですが。
最後の最後。6月最後の週になって、ようやく少しだけ自信がつきました。

いえ、6月最後の週。
なんとなく嫌な予感がずっとしてたんです。
基本的に良い方良い方に考えていってしまう私ですが、どうしても嫌なイメージが拭いきれなくて不安に思っていたんです。何となく、某患者さんが、元主治医の先生と一緒にいなくなってしまう気がして。そして、その嫌な予感が的中してしまった。
自信がついた、なんておこがましい事を言えるタイミングでもないし、自分の無力さは非常に痛感しているのですが。


だけど、今週。
少しだけ安心したのも事実。

一つ上の先生にお願いをして、半ば押しのけてまで、今週の帝王切開の立ち会いを私メインでやらせてもらった。29週から30週の子たち数人。

私の思惑を察してくれたのか、初期蘇生時に両脇に一緒に入ってくれた先生たちも、普段なら「酸素上げようか」とか隣から神の声をくれるのに、何も言わない。
私の判断で、私の思った通りに蘇生をした。
あまり迷いはなかった。 先輩がいてくれたこともあって、怖いという感覚はなく、自信を持って蘇生に臨めた。

病棟に上がって来てからの処置も一通り出来た。
研修医の先生がつぶした後の血管にラインを入れることもできた。
エコーできちんと評価することも出来たし、その後の当直中にNCVが必要な判断も出来たし、一人で入れることも出来た。
きちんと全身状態を把握して指示をテキパキと出すことも出来た。

当直帯に起こったこともちゃんと対処したし、朝のmilk upや輸液の指示、エコーなどの処置もテキパキとして、自分の患者さん+αを診ることができた。

大丈夫。
私、ちゃんと成長してる。
私、ある程度であれば、自分でちゃんと診ることが出来る。
7月からもきっと大丈夫。

Jun 26, 2012

「かわいい」

我が子をかわいい、と思う事。
当たり前と言えば当たり前。

なんですが。
今日、私、お母さんの「かわいい」という一言がものすごくものすごく嬉しかったです。

400g台で生まれて、頑張って少しずつ大きくなって来ている我が子(まだ500g台)を見て。
今まで、「小さい」、「触るの怖い」、「大丈夫?生きてる?」などの発言ばかりだったお母さん。

今までも何回も面会には来ていたのですが。
今日、初めて。
面会して、今の状態を説明したり、抱っこの準備をしてもらっていた時。
クベース(保育器)の中の我が子を見て、「かわいい」っていう一言が出ました。

嬉しかった。
本当に嬉しくって、思わず息を飲むかと思ったほど。
「かわいいですよね」って返した私の顔はきっと満面の笑み、そして、やや驚いて目が潤みそうになっていた顔だったに違いないと思います。

分娩前も、分娩後も、沢山の試練があった子です。
ご両親が愛着形成をしてくれるのかどうかが不安だったこともあります。
今後もまだまだ沢山のことがあると思います。

だけど、お母さんの「かわいい」の一言は絶大です。
今までの苦労が飛ぶ気がしました。
今後も精一杯頑張ろうって思えました。


ご両親が我が子をかわいいと思える、という当たり前のこと。
だけど、その当たり前が当たり前じゃない世界もある。
「かわいい」という一言をこんなにも嬉しく感じたことはありません。
NICUはやっぱり大変だけど、苦しいけど、でも明日からも頑張れると思う。

Jun 23, 2012

蘇生

私、基本的にあんまり夜はひきません。
なので、今まで当直中に入院が来た事がありません。

いえ、正確に言うと、一度だけ入院が来たんですが、その時は入院が分かった時点で先輩がたまたま院内にいてくれたので、「一人で」入院を取った事がありません。
双子が生まれるから、と夜中に呼ばれた時は片方を私だけで蘇生をしたけど、隣で上の先生がもう一人を蘇生していたから困れば聞ける状態だったので(実際は聞かずに1人で蘇生したけど)、丸っきりの「一人で」の蘇生もありません。


当直中。23時過ぎ。
「2時間くらいで生まれます。」という電話が産婦人科からかかってきた。

具合が悪そうな事が予測されていた子。
スムーズなら経膣分娩を、ダメそうなら緊急帝王切開にするという予定でした。

部長に確認したら、「S先生かA先生を呼んだらいいよ」、と。
まずは看護師さんに入院が来る事を伝え。先輩に電話したら留守電。
あと1時間半以上あるし、準備しながらもう1回電話しようとしていた矢先、産婦人科から電話。
「もう生まれます!!立ち会いに来てください!!」

入院の準備も(看護師さん側はお願いしたけど、私側のorderやら採血準備やら)が間に合わない。
そして、何より、今からもう一回先輩に電話しても間に合わない。
看護師さんに「S先生に電話してください!!」ってお願いして、産婦人科病棟へ走る。


スムーズに経膣分娩で生まれました。
でも、やっぱり具合が悪い。
初めて一人で蘇生をする。

お願い、脈戻って。
お願い、泣いて。
お願い、baggingに反応して。

蘇生出来なかったらどうしよう、ということが初めて頭をよぎりました。
baggingをして脈は戻ってきたものの、泣かない。pink upしてこない。ぐったりしてる。

必死でした。
飲んだ羊水を吸引で引いては酸素を使いながらbaggingしばらく続けて、を繰り返し。
O2を60%まであげてきた段階で、心疾患の可能性もある、と頭をよぎりました。
挿管も必要になるかもしれない、でも今の私はまだ挿管に踏み切る閾値は高い、有効なbaggingをする方がいいし、とか考えながら。
ようやくpink upしてきて、このまま続ければ大丈夫だ、って思えた頃。
先輩が到着してくれました。

入院にして、処置して、ご家族に説明して。
呼吸はなんとか落ち着いてくれ、エコー所見とX線は微妙。
上がってきた血液検査のデータを見た段階で、これは重症だから転院になるかも、と。

先輩は病態も把握してて、私にも指示を出しながらテキパキと必要なことを進めてて。
改めて優秀さを目の当たりにして。
自分のダメさを実感して。
頑張らないとな、って。

年次が違うにせよ、先輩は1人であの子を任せられると部長に判断されていて、だからこそ、呼ぶように言われた訳で。
そういう風になりたい。上の先生たちの負担を減らせるような働きが出来るようになりたい。
前に進むのみ。泣いてる場合じゃない。


Jun 12, 2012

辛い

仕事が、ではないです。
親御さんの言葉が辛くて、何も言えませんでした。

私たちが予測している予後と、親御さんが思っている予後があまりに、本当にあまりにかけ離れていて。
この数ヶ月で今後のことを少しずつ少しずつお伝えして、今後必要となるであろう処置に関しても少しずつ言葉を出して来ているのですが。
現実逃避なのか、実際に理解していないのかは分かりません。
私の伝え方が甘いのかもしれません。

でも、親御さんの口から出てくる言葉たちは、私の心に刺さりました。
私たちは厳しい(しかも、かなり厳しい)予後を予測しています。
今後必要となる処置や手術も多いだろうことを分かっていて、少しずつ言葉は出しています。
だけど、親御さんが望んでいるのは、障害が何も無く元気に育ち、幸せな結婚をしてくれること。

それがいかに現実離れしていることなのか、Nでの経験が浅い私ですら分かります。
最悪を想定をしてその時のことを予習はしておくけど、基本的には物事を良い方に良い方に考える私ですら、親御さんの望みがどれだけ厳しいかは分かります。

だから、安易に肯定はできない。でも、あまりに悲観的なことばかりお伝えして、赤ちゃんに対する愛着形成が出来なくてもいけない。
その狭間で、一つ一つの言葉が心に重く伸しかかります。



赤ちゃんに元気に、愛情いっぱいのおうちに退院してほしい、というのが私の願いです。
もちろん、少しでも予後がいいことを望みます。
そして、同時に、家族にちゃんと愛情いっぱいで受け入れてもらえることを望みます。

予後が悪いであろうという事実だけでも、まだ今の私にはかなり辛いです。
赤ちゃんの事、そして親御さんの事を思うと、本当に辛いです。

そして、親御さんの望んでいる未来と現実がかけ離れているとき。
そのギャップも辛いです。そのギャップを乗り越えてちゃんと愛情いっぱいの家族のもとに退院できるのかな、どうしていったらいいんだろう、ということを考えるから。

だから。
親御さんの言葉は心に刺さります。
時間をかけていくしかない。