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Nov 26, 2012

夏休み明け

先週、夏休みをいただいていました。
18日から25日まで。丸一週間以上。
研修医の頃は3日だったから、土日とつけても5日間だったので、こんなにお休みをもらったことはありません。
そしたら、復帰初日の本日、ものすっごーく夏休みボケをしていて、オロオロオロオロ。
頑張ります><

多分あまり行かないであろう、ブータンに行って、インドの学会に少しだけ出てきたので、もし興味が有れば、旅日記でも読んでやってください。
Bhutan, India day1-1 Haneda→Bangkok→Paro
Bhutan, India day1-2   Paro→Thimphu
Bhutan, India day2-1  Thimphu, Jigme Dorji Wangchuck National Referral Hospital
Bhutan, India day3-1 Thimphu→Punakha
Bhutan, India day3-2 Thinlaygang BHU
Bhutan, India day3-3 Punakha District Hospital
Bhutan, India day3-4 Punakha 
Bhutan, India day5 Ahmedabad, India International Conferance of Kangaroo Mothers Care  1st day 
Bhutan, India day6 Ahmedabad, India International Conferance of Kangaroo Mothers Care  2nd day
Bhutan, India day7 Ahmedabad→Delhi→Bangkok→Narita

それにしても。
気持ちがとーってもリフレッシュ☆しかも、仕事に対するモチベーションもup。
早いところ夏休みボケを治して、しっかり仕事したいものです。

Nov 15, 2012

蘇生その2

先日に引き続き、再び蘇生に立ち会いました。
今回は、少しは見学者というよりは蘇生者に近づけたのかな。
baggingをして、挿管をしました。

先日の子で見ていたから。
やるべき事は冷静に考えれば分かる。
だけど、そんなに考えられない。
先輩たちが次々と指示を出して行く。

苦しくって苦しくって生まれたその子は、幸いにも蘇生に反応しました。
心臓が動き始めた。

怖かった。
けど、先生たちが沢山いたから、怖くなかった。

生まれる子の具合が悪いから、と夜中に呼ばれたら。
一人で蘇生するなんて、まだまだ難しい。
それ以前に、怖い。

頑張らないとな。
どんな時もちゃんと前に前にと進めるように。

Nov 13, 2012

剖検

亡くなった子供たち・赤ちゃんたちが受けられる最後の検査。
全ての亡くなった子供たちには受ける権利があります。

とは言っても、お話をしにくい検査ではある。
お子さんを亡くしたばかりで、つらいだろうに、そのお子さんの体にメスを入れて体の中を調べるだなんて、言いにくい。
のだけど、と言っても、なんで亡くなったのかをはっきりさせる最後の機会ではあります。
また、剖検で分かることから、将来同じような子がいた時の治療にも役立っていきます。
火葬してしまうともう出来ない検査ではあるので、辛い時期に決断を迫ることになる。
自分だったらどうするんだろう、って思うけど、分からない。


今日、初めて赤ちゃんの剖検に立ち会った。
大人と違って、小さすぎるので、剖検の台には乗せられないので、小さな小さな台に乗せての剖検でした。
臓器の重さを量るのも、小さな台所用のはかり。

途中で見てるのが辛くなっちゃった。
頑張ったんだ、っていうのが分かって、辛くなっちゃった。
あまりに小さくて、あまりにはかなくて。
頑張ったんだね。

私にとって、貴重な経験をさせてくれた赤ちゃんに感謝をするとともに、ご冥福をお祈りします。

Nov 12, 2012

新生児蘇生

初めて、薬剤まで使った蘇生をみた。した、とは言えない。
できないもの。

息が出来ないかと思った。
心臓動いて。心から思った。
胸骨圧迫を続けて、挿管して呼吸管理もして、心臓を動かす薬剤を入れて。

時間があっという間に過ぎた。
心臓が動かない。血液ガスの結果は最悪だった。
血液の中のバランスは目も当てられないくらいに崩れていた。
薬を使っても使ってもダメだった。

1時間以上経過していた。
部長の先生が言った。
「お母さんに抱っこしてもらおう。」

途中から見ていられなくて、外に出ていたご両親が呼ばれた。
お母さんに抱っこしてもらった。
抱っこしてもらった時刻を確認時刻とした。


超早産児の中でも超早産の子。
普通に考えても生存率は半数未満のような週数。
分かってはいるのだけど、でも見ていて辛かった。

生きることが出来なかった子がいる。
今生きているのは、生きることが出来た子が大きくなった我々。
だから当たり前のようだけど、生きられているって幸せな事なんだと思う。
その裏には、生きることが出来なかった子たちがいるんだから。

Nov 7, 2012

悲鳴

今日、生まれてからずっと担当させてもらっていた子がお星様になりました。
私、看取りってしたことがありません。
(ERにCPAOAで運ばれて来た人は除く。自分の担当患者さんでのお看取り)
だから、最期の最期の瞬間って見た事が無いんです。
死亡確認を取ったこともありません。ドラマの中で見た事があるかな、くらい。

乏尿になって10日、無尿になって3日。
今朝の採血でKが8台まで上がって来ていました。
だから、覚悟はしていて、朝から他の患者さんの用事がない限り、張り付いていた。
ママが面会に来ていて、一応今まで通りだったんです。
でも、あんまり声を出さない子なのに、泣くときも泣き顔と涙だけで泣き声は上げない子なのに、今日は午後から私の顔を見るとぎゃーーーって悲鳴を上げていたんです。
ママと看護師さんとは、「私何かしたかなぁ?嫌いになっちゃった?」とか言ってたんですが、すごく嫌な予感がしていました。

比較するのはおかしいんだけど、前に飼っていたウサギがお星様になったとき。
鳴けないはずのウサギが、最期の間際に、ぎゃーって悲鳴を上げたんです。
今考えても不思議なんだけど、なんだけど、鳴いたんです。
呼んでくれたんだ、って私は解釈してるんですけど。

同じだった。
普段泣かない子なのに、ぎゃーーって必死に声を出していた。
怖かった。

その1時間後。
突然、呼吸をしなくなりました。
他の子の呼吸が悪くて、少し目を離した瞬間のことで、別の看護師さんが飛んで呼びに来てくれました。

覚悟はしていたものの、あまりに急なことで私もどうしたらいいか分からず(親御さんとは前から、胸骨圧迫や強心剤は使わない、気管挿管はしないけどmask baggingはする、と話し合いをしていたんですが。)mask baggingを必死にしながら、上の先生を呼んでもらう。
上の先生が来てくれて、mask baggingをしても、心拍数が100に乗らなくなってきて。
ママに、呼吸をしなくなってきていること、だから大至急他の家族に連絡を取ってほしいことを伝えて。

最期、ママの抱っこにして、お顔が見えないから、とmask baggingを止めた途端、心拍数が低下、flatになっていった。
ママは抱っこして、泣きながら、その子を妊娠してからのいろんな思い出を語ってくれた。
いや、語ってくれたというよりも、自分とその子に言っていたのだと思う。
私はただ相づちを打つ事しかできなかった。

客観的に冷静に見れば、児にとっては幸せな最期だったのかもしれない。
比較的落ち着いていて、抱っこしてもらっていつも通り過ごして、そしてそのまま抱っこしててもらって最期を迎えられたから。一人じゃなかった。

でも、悲しかった。
家族ではない、担当医の私でも、喪失感は大きかった。
大人と違い、両親に抱っこされての退院。お見送りをして。
夜中に家に帰ってから、しばしぼーーっとしてしまった。

ご冥福をお祈りします。